「三国酢」について of 三国酢

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「三国酢」89年の歩み


「三国酢」の由来

現住所である広島県大竹市が広島県西端にあり、廃藩置県前の安芸の国(広島)、周防の国(山口)、石見の国(島根)の三つの国の境になることから、三国一の酢になるようにとの願いで「さんごくす」と社名がつけられました。また初期のラベルから現在にいたるまで、富士山が印刷されているのは「日本一の酢」になるようにとの願いを込めたものだそうです。



「三国酢」の始まり

酢の歴史は古く、紀元前5000年ころにバビロニアの記録に載っています。世界各国で調味料として親しまれており、日本では4~5世紀ごろに作られるようになりました。

三国酢の創業は昭和3年。今から89年前になります。
当時、九州の洋裁店で修業していた創業者・国木清重は体調を崩し、広島に帰郷することになりました。医師から酢が体に
良いことを勧められ、自らが製造することを決意。知人の食酢製造会社のもとで学び、国木造酢場を立ち上げ三国酢ブランドで
製造を始めました。当時はウスターソースの製造もしており、その名も「富士ソース」として出荷されていました。
当時の酢は酢酸酢のみで、酢酸を水で薄めるだけの単に酸っぱいだけのものでしたが、昭和30年代になると現在では一般的な醸造酢が作られるようになりました。

三国酢でもこの頃より、寿司酢の開発を始めました。家族・従業員を集め、毎日ご飯を炊いては酢飯をつくり、半年ちかく味見を繰り返したと聞きます。当時を振り返って2代目の国木幹生はこう語ります。
「ちょうど家業を継いだばかりのころで、毎日繰り返される味見のあと残った酢飯が家族の晩御飯になった。毎日酢飯を食べるのはさすがに辛かった・・・贅沢を許さない厳格な父だったが、良い物を見極める目や舌を十分に備えた人で、半年近くかけて造り上げた味はどこにも引けを取らないすばらしい出来映えだった。」
そうして作り上げられた寿司酢は現在も三国酢ナンバー1の商品として多くの人々に親しまれています。

昭和45年に国木造酢場から三国酢造株式会社に改名。ソースの製造は中止し、酢一本に絞りました。
平成に入ってからは醸造酢・穀物酢・米酢・ラッキョウ酢にくわえ、南蛮酢も発売。また昨年には2代目の長年の夢だった
贅沢ぽん酢「瀬戸のしずく」を発売。
現在、三代目となる国木昭宏とオタフク酢の製造で10年修業を積んだ国木信孝・工場長の兄弟二人三脚の体制で盛りたて、
変わらぬ味は引き継がれています。


「三国酢」のこだわり

原酢にこだわり、独自の調合で造り続けてきた弊社の米酢の特徴は「臭みがなく、まろやか」であること。
基本的に酢は原料となる穀物・米のにおいがありますが、これをできるだけ取り除くことにより、酢が苦手だと思われていた方が好きになったというご感想を数多く頂いております。

寿司酢などの調味酢の甘み成分は天然甘味料の上白糖のみを使用。
弊社の酢の口あたり、後味の良さは天然甘味料を使用しているからです。人工甘味料を使えば価格の変動もほとんどなく、低コストで製造できるのですが、味が大きく変わってしまうのです。上白糖は価格変動が大きく、過去には最大で50%以上の変動がありましたが、それでも弊社では当時から人工甘味料は一切使用せず、上白糖にこだわってきました。89年間の変わらぬ自然な味わいを、大切に守り続けてまいります。



最終更新日 : 2017-03-01